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那覇 国際通り [旅行]

那覇、国際通りへ来ました。 

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国際通りは、市役所、沖縄県庁などがある那覇の官庁街から
東へ1.6キロ続く道路。
通りの両側には、ホテル、飲食店、雑貨屋、みやげ屋など
お店がギッシリ並んでいます。

どこの地方都市にも繁華街はありますが、

那覇の国際通りは、ちょっと雰囲気が違いますね。

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とにかく、散策しているだけでも十分楽しい。
テーマパークのようなところです。
人気観光スポットになっているだけのことはあります。

フラッとお店に入ると、
必ず何か気になるものがあるので、
つい写真を撮りたくなってしまいます。

たとえば、

歩き疲れたら、あしたのジョーと記念撮影ができる。
ソフトクリーム屋さんの前にはマリリンモンローがいる。

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ナニコレ?というものも。

ちょっちゅ姉 のストラップ 
もう旬じゃないのかな(笑)

薄暗い廊下にいるキムタク店長

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落書きにしか見えない那覇バスのボディ。

フロントには目が描かれています。

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目を皿にして、観光客を眺めるシーサーたち

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オーダーメイドTシャツのお店の見本。

右は”ラコステ”ならぬ”オコシテ”

FC東京サポーターが、
ニヤリとしそうな図柄もありました。

ストーンズのべろロゴのパロディは
東京ダービーで、ヴェルディが使ったらいいかもしれませんね(笑)

RED BUTA Tシャツを着てスタジアムへ行ったら
殴られそうです。

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FC琉球、J1に上がって来ないかなァ。

10年くらい無理かな?

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次は、

牧志の市場へ向かいましょう。

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かつては、那覇市民の台所として
庶民の日常生活にとって大切な場所だったそうですが、

近年は、スーパー・百貨店が郊外に進出し
その影響で、店舗の数も減っているとのことでした。

でも、他の本州の地方都市と比べ、まだ賑やか。
健闘していると思います。

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もっとも、今は観光地としての性格のほうが強いようですね。

長いアーケードがあって、
小さな小売店が軒を並べ
迷路のような路地があり
太ったおばちゃんの掛け声が聴こえる。

時代は変化するとはいえ、
こういう場所が日本から減っていくのは
非常にさびしいものがあります。

しかし、こういう空気が好きな方は、
今のうち訪れておいた方がいいかもしれません。

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人気スポット、第一牧志公設市場

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沖縄の海の幸が並んでいます。

中国からの観光客が多いのでしょう。中国語が頻繁に聞こえます。

店員も中国人が多いとのことでした。

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ここは、1階で買った食材を、
2階の食堂で調理してもらえるので、
観光客に人気があるのですが、

時間の関係で今回はパスしました。

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牧志第一公設市場は、
建物老朽化のため、
建て直しの話もあるようです。

たしかに、食堂は、
この雰囲気も捨てがたいが、
女性客用にもう少しきれいにした方がいいかもしれません。

ごちゃごちゃ感も観光客にとって魅力なだけに
難しい選択になりそうです。

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同じ物でも、店により値段が違うところが、アジアの繁華街ぽいです。

「ミミガージャーキー」は、
このあたりで買うと安いですよ(笑)

もっとも、東京にいて
ネットで買えますけど・・・

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東京には、だいたい客引き禁止条例がありますが、

国際通りの飲食店は、
客引きが当たり前になっているようです。

これが、内地の人間には
かえって新鮮に映る、というか懐かしく感じました。

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国際通り、面白いです。

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さて、最後は、

沖縄らしいグルメの画像を貼付しておきます。

国際通り「かどや」さんの、三枚肉そば
地元の人たちに人気があるおそばやさんです。

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那覇 首里城 [旅行]

沖縄へ行ってきました。
観光旅行です。


まずは、沖縄県の県庁所在地 那覇

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30万都市ですが、
ビルの谷間をゆいレールが走る風景を見ていると
大都会にいるような気分になります。

観光客らしく
那覇観光の定番、首里城を見ようと
中心街からそのゆいレールで首里へ向かいました。

那覇は日本有数の人口密集地区だそうです。

モノレールから見える、
住宅がひしめきあっている景色は、
沖縄というよりは、関東の私鉄にのって西へ走っている感覚。

そんなことを考えているうち、終点 首里駅に到着

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ここから首里城へは歩いて15分ほど。

駅前でタクシーの運転手に、
お城は歩くと遠いからクルマに乗れと勧められますが、
歩いてみたら、大したことなかったです。

お城へ向かう途中、民家の軒先に座っている
シーサーウォッチングをするのも楽しいです。

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シーサーもいろいろな奴がいますね。

沖縄滞在中、目の前にシーサーが現れるたび、
写真に撮っていたら
デジカメのSDカードが、シーサーコレクションのようになってしまいました。

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さて、首里城が近付いてきました。

琉球王家の菩提寺 円覚寺。
臨済宗の寺院と琉球王朝とミスマッチのような気がしますが、
徳川家の増上寺のように、琉球王朝の歴史上
重要なお寺だったようですね。

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円覚寺と道路を挟んだ敷地には、
弁財天堂と円鑑池があります。

弁財天堂は、15世紀末、
朝鮮王から贈られたお経を収めるために設けられたお堂で、
お堂につながる橋は、天女橋と呼ばれています。

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1609年、薩摩が琉球に入り、お堂破壊、
大事なお経は失われてしまいましたが
1621年、弁財天像を祀ったことから、以後弁財天堂と呼ばれているそうです。

その弁財天堂も天女橋も、第二次世界大戦時の沖縄戦で破壊され、
現在あるのは1968年に復元されたもの。

池の周りに居ついている鳥は、バリケンというカモの一種。
本州では見ない鳥です。

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円鑑池のすぐそばに、日本軍が築いた壕の遺構があります。

首里城が沖縄戦で米国のターゲットになったのは、
ここに南西諸島防衛のための、日本軍の司令部壕があったから。

首里城に限らず、日本の多くの城が、
明治以降軍隊の施設に転用され、
そのため第二次世界大戦時空襲を受けるなどで、
貴重な文化遺産の多くが失われてしまいました。

日本にとって残念な歴史ですが、
中でも首里城は、特に破壊の程度が酷かったようです。

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さて目的地、首里城の城郭へ向かいましょう。

まずは、首里城へ来た観光客の定番記念撮影スポット、守礼門

入れ替わり立ち替わり、
門の前でポーズをとっての撮影が続いていました。

門の上に掲げられている「守禮之邦」の文字は、
ここを訪れる人に対する、
沖縄は礼節を重んずる国です、という宣言分です。

この門も、1958年に復元されたもの。

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守礼門をくぐり、左側

園比屋武御嶽石門(そのひゃんうたきいしもん)があります。

国王がここで安全祈願をして外出したそうで、
礼拝所の役目を果たしていたとのことでした。
門は16世紀に建てられたもので、
首里城の建物施設は復元されたものが多い中、
この門は降るそうで、歴史を感じさせてくれますが、

ここも例外にもれず、一部が復元。 

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首里城の正門 歓会門。 

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訪問者を歓迎します、という名前の門
創建は15世紀で、やはり焼失し、1974年に復元。

首里城の建築物は、復元されたものばかり。
破壊がいかに酷かったかが伺えます。

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訪問客には、左右の魔よけのシーサーがお迎え。

首里城のシーサーは、少しマーライオンが入ってます。

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城の水道の役割を果たした「龍樋(りゅうひ)」
龍の口から出ている水は、王宮の飲料水になっていたそうです。

瑞泉門は、首里城二番目の門で
龍樋の泉に因み「瑞泉」
立派な泉の門と名付けられていました。

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第三の門、漏刻門

「漏刻」、漏れる刻って何だろう?
役人が遅刻しそうになるから、と勝ってに想像しましたが、
大外れでした。

中国語で、「水時計」のことなんですね。

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漏刻門をくぐると、
日影台という広場へ出ます。

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大分、上ってきました

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また、門があります。
4番目の門は、広福門です。

「広福」=広く福を行き渡す

守礼門から、それぞれの門につけられた名前には、
何となく琉球の人の大らかさ、
優しさを感じます。

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いよいよ5番目、
この区域は御庭(うなー)、
登城する客人がくぐる最後の門は、奉神門。

1992年復元なので、建物が新しいです。
中は事務所に使っているそうです。

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やっと、正殿に到着。

正殿は木造三階建てで、
1階が政治や儀式を執り行う公式の場所、
2階が国王や神女が儀式を執り行う場所
3階は屋根裏部屋に使っていたとのこと。

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元の建物が焼失してしまっているので、やむを得ないとはいえ、
建物内部は木造の新築物件を観ているようで、
文化遺産ではなく、博物館にいるような感じがします。
というか博物館です。

もっとも、誰のせいで文化遺産が失われることになったのかと言われると、
内地の人間としては心苦しいところがあります。

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上の写真は、金、銀、水晶、珊瑚などで飾られた王冠。
皮弁冠または玉御冠(たまんちゃーぶい)と呼ぶそうです。

綺麗なものですが、これも複製品というのが残念。

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正殿を見て回り、順路に従って外へ出ると、
右手に淑順門があります。
淑順門は、「国王やその家族が暮らす御内原」への表門ということで、
民家の勝手口の役割を果たした門ですね。

ここも復元され、2010年から公開されているとのことでした。

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首里城は現在も復元が続いていて、、

さらに上がった、東のアザナと呼ばれる区域は、
まだ公開されていません。
延々と工事が続けられているようです。

広い城郭のすべての施設が復元されるまでには、
まだまだ長い時間がかかりそうです。

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首里城に隣接する沖縄県立芸術大学
丘の上からよく見えます。

景観を壊さないよう、建物の構造、色がよく配慮されていますね。

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右掖門から久慶門へと下る坂
正殿を訪れた観光客の帰り道になっています。

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首里城は日本の他の城と比べ、コンパクトという印象でしたが、
山城で高低差があるので、一回の訪問で、
隈なく観て歩くのはちょっとキツイですね。

私は久慶門から、首里城公園へと回ってしまい
裏門の継世門や王陵を見そこなってしまいました。

次の機会では、もっとじっくり観ようと思います。

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以前、首里城は、日本の観光地の三大ガッカリの一つ
と聴いたことがあります。

沖縄戦で城郭が破壊され、
廃墟から復元したため、
多くの建物が新築物件という点で
確かにがっかり感はありますが、

このまま忠実に復元が進めば、
いずれ古くなるし、
それはそれでいいのかな?
と思います。

もっとバリバリの世界遺産らしくなるのは、
これからでしょうね。

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