SSブログ

ラジオパープル [ラヂオ]

最近、早朝4時台に目が覚めることが多くなりました。
齢ですかね。
そんなときは、ラジオをつけます。

今年、2013年4月から、
TBSラジオは、平日、4:00~5:00の時間帯に
「ラジオパープル」という番組をスタートしました。

柴田秀一、清水大輔、吉川美代子、長峰由紀、浦口直樹
いずれもお馴染みのTBSのベテランアナウンサー5人が
日替わりでリスナーからのはがきやメールを紹介したり、
自分のお気に入りの曲を流したりする、
何の変哲もない番組です。

この時間、3月までは、
女性パーソナリティが日替わりで担当する
「あなたへモーニングコール」という番組でした。

11年続いたそうですが、3月をもって終了。
個人的には、スポンサーが宗教団体だったので
やや引く部分がありました。

TBSラジオのこの時間帯で思い出すのは、
やはり、女性パーソナリティが日替わりで担当していた
「歌うヘッドライト」ですね。

コックピットのあなたへ・・・・

放送は1974年から。

さらにその昔、60年代末期は
深夜放送 「パックインミュージック」の第二部でした。 

最初の担当は、
宮内鎮雄、小川哲也、麻生雅子、遠藤泰子、二村義子、桝井論平

その後、久米宏、林美雄など、
日本のテレビやサブカルチャーに影響を与えた
名物アナもパーソナリティーをつとめましたが、

いずれも、東京放送のアナウンサーでした。

そう考えると、な~んだ。
あの時代と一緒じゃん!! 

当時も、メールはなかったけれど、番組の空気はこんな感じでした。

「ラジオパープル」は

TBSラジオの先祖返り、と感じます。

関連記事 : パック第二部


nice!(2)  コメント(5)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感

晩翠草堂 [街歩き]

仙台街歩きシリーズ? 

最後は晩翠草堂です。

0080.jpg

仙台城跡から、市の中心街へと戻ってきました。

仙台は戦時中、アメリカ軍による残虐な空襲を受け
中心部は焼け野原になってしまいました。

ヨーロッパでは、焼失した街を復元する思想、文化がありますが、

日本は復興という名のもとに、
全く別の景観の街にしてしまうケースが多いです。

そんなこともあり、仙台市の中心部には
歴史的な建築物がほとんど見当たりません。

0082.jpg

そんな中、
近代的なビルが立ち並ぶ繁華街に
異彩を放つ木造家屋があります。

晩翠草堂。

晩翠は、仙台出身の詩人、土井晩翠のこと。

♪はるこ~ろ~ のはなのえん

あの有名な「荒城の月」の詞の作者ですね。

また、全国の校歌には、
晩翠の手による詞がたくさんあります。

0083s.jpg 0084s.jpg

草堂とは、自分の家の謙遜した言い方。
一人称を「小生」や「それがし」と呼ぶようなものですね。

要は、晩翠さんち です。

昔、土井晩翠の「土井」は、
「つちい」と読むのだと教わりました。
でも「どい」でも正しいんですね。

本人は土井(つちい)家の長男として生まれましたが、
あまりにも、みんなが”どい””どい”いうもので、
昭和初期に、もう”どい”でもいいや、と、

「つちい」を「どい」に改称してしまったのだそうです。

0085s.jpg 0086s.jpg

草堂は、第二次大戦後に建てられたもので、
晩翠が晩年を過ごした和室が、
そのまま保存されています。

晩翠は3人の子供、夫人、家族全員に先立たれてしまい
余生はさびしいものだったようです。

観覧無料。

訪問者が少ないのかな?
私が訪問した時は、管理人さんが油断していて、
慌てて出てきて、ラジカセの再生ボタンをプッシュ。
急に「●●記念館」ぽくなりました。 

庭を望む、廊下の窓ガラスは、
景色が少し歪む昔のままのガラスです。

これって貴重ですよね、
よく、地震で割れなかったものです。

0087.jpg

晩翠草堂から歩いて3分ほど 

奥州街道と、城から東へ伸びる幹線道路の交差点
「芭蕉の辻」と呼ばれる場所があります。

芭蕉といっても、松尾芭蕉とは無関係だそうです。

江戸、明治の時代は、ここが街の中心だったわけですが、
現在は、記念碑のほかには、特に見るべきものはありません。

0089.jpg

おまけ画像は、
そばぜんざいと牛タン

0091s.jpg 0092s.jpg

歩きすぎて、腹が減りました。

0090.jpg


nice!(2)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:旅行

仙台城址 [街歩き]

伊達さんです。 

0076.jpg

仙台市内をてくてくウォーキング
愛宕橋から、広瀬川の上流へ向かって北上
仙台城址へ到着しました。

初めての仙台なら、ここを訪れるのは定番。

0063s.jpg 0064s.jpg

私は、仙台は初めてではないし、
仙台城も過去に訪れたことがあるし、
ベタな観光スポットへは一回行けば十分、

とはいえ

お天気がよく、
歩いている途中、ビルの谷間から見えた雪山が気になりまして
高いところから仙台市街を眺めてみたくなりました。

その前に、仙台市博物館で休憩を兼ねお勉強。

0065.jpg

仙台城は仙台藩初代藩主、伊達政宗公が、
慶長年間に築城したお城。

ということは、完成は約500年前

以後、明治政府により廃藩置県が発令されるまで
伊達氏の居城となっていました。

政宗公が青葉山に築城した理由は諸説あるそうです。

いくつかの候補の中からこの地が選ばれたとのことですが、
選定にあたって家康の承認が必要だったようで、
徳川幕府が深く関与していたようです。

0067.jpg

国府がおかれた多賀城や国分寺の場所は、
もっと海岸に近いのに、
わざわざ青葉山を選んだ背景には

広瀬川が自然の濠になる地勢で、
仙台の街が一望でき、殿様の威厳が示せる、等

いろいろ、軍事的、政治的理由があったようです。

青葉山には、もともと国分氏の城があったそうで、

3.11を目の当たりにした後だけに、
自然災害への対策も意識にあったかもしれないな、
とか想像してしまいます。

0066.jpg

多くの大名が天守を建設する中、
仙台城には天守閣がなかったそうです。
流行に流されなかったんですね。

お城らしい建物といえば、
今は、大手門跡にある櫓だけ。

この地に建てられていた大手門は、
空襲で焼失してしまい、
今後、復元する予定と聴いています。

0067-2.jpg

以前は、大手門から山の上の天守台まで、
クルマで上ることが出来ましたが、
現在は震災時に石垣の一部が崩れた影響で、
通行止めになっています。

ただし、歩いて通れます。

逆に、閑散としているので、
当時の城内の雰囲気を感じたいなら
今のうちかもしれません。

博物館の裏から、急な山道を昇る行き方もありますが、
こちらは結構きついっす。

0068.jpg

えっちら、おっちら、もうすぐ天守台

あれ?なんで鳥居があるの?

と不思議に思うわけですが、

仙台城は、
仙台藩が戊辰戦争で官軍に敗れ、
占領されてしまったんですね。

以後は明治政府によって軍の施設が置かれ、
戦没者を祀る神社が建てられ・・・

もしそれらの施設がなければ、
大手門も空襲に遭わなかった?

事情は複雑です。

0069.jpg

さて、天守台のあった本丸へと上がりましょう。

戦没者の慰霊碑があるのは、
上記事情からです。

0071.jpg

さて、お目当ての景観は・・・ 

おおお、見えました、雪山が。。。

北西方向

0072.jpg

雪山は船形山でした。
山形県との県境となる山で、山形側では御所山と別の名で呼ぶそうです。
遊びで、仙台×山形のサッカーの試合で勝った方が、
相手に自分たちの山の呼び方を強制できるルールにしたら面白いかもしれませんね。

その右は泉ヶ岳、

0077.jpg

さらにひときわ目立っているのは仙台大観音

0078.jpg

南東方向は仙台の繁華街と、遠くに太平洋が・・・

0073.jpg

うわー!海が見える 

という感動はなく、
違う形で心が揺り動かされます。

0075.jpg


nice!(1)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:旅行

広瀬川 [街歩き]

♪ 広瀬川 流れる岸辺 

0051.jpg

陸奥国分寺から西へ。

いい天気だし、
青空と広瀬川の景色が見たいと思いました。

途中気になる看板をパチリ。
「せいわようちえん」「カニトップ」、

弱かった時代のベガルタ仙台を思い出しました。

0041s.jpg 0042s.jpg

歩いて歩いて、

桜に惹かれて寄ってしまったお寺

昌傳庵。う~ん、きれい!

0044.jpg

昌傳庵は、伊達家が米沢を治めていた時代
1506年、米沢で開創された由緒あるお寺です。

伊達政宗の仙台転封に伴い、
この地に移転してきたそうです。

さて、目的地の広瀬川
愛宕橋から南東の方角を眺めました。

0047.jpg

愛宕橋の近くには、古墳時代の横穴の墓の跡があるんですね。

第二次大戦中は防空壕に使われ、
その後住民の物置に使われたり、
保存状態はよくないようです。

ひと気がないし、今もほったらかし、という感じです。

0046.jpg


この横穴墓跡がある崖の上に、
愛宕神社がありますが、
ここまでかなりの距離を歩き、山登りが辛くなってしまいました。

川原を北へと進むことにしました。

0048.jpg


なんか、都会のど真ん中を流れる川とは思えませんねぇ。

自然が豊か・・・ありゃ?

道がないぞ。

橋もない。


0049.jpg

仕方がない。

一旦引き返し、愛宕大橋を渡り、

川の東側へと回りました。

0050.jpg

東北学院大学のキャンパスを眺め、

てくてく歩くと

大きな松の木。

0053.jpg

松源寺。

1521年に創建された曹洞宗のお寺で、

この大松が有名だそうです。

さらに北へ

0054.jpg


霊屋橋を渡ると、瑞鳳殿の入口になります。

0055.jpg

0056.jpg

伊達政宗公の霊屋。

有名な観光スポットです。

実は以前訪れたことがあります。

0057.jpg

今回、山登りする根性がなかったので、

以前訪れたときの写真を張っておきます。

003s.jpg 004s.jpg

右上が瑞鳳殿、政宗の他にも
二代忠宗、三代綱宗の霊屋もあります。

006s.jpg 007s.jpg

広瀬川は瑞鳳殿のある山をぐるりと
取り囲むような形で蛇行。

0058.jpg

新評定河原橋を渡りまして

0059.jpg

さらに北へ

ここにも伊達家に関連する施設がありました。

伊達家伯記念会
文化財の収集や遺跡の管理などを行っている団体らしいです。

0060s.jpg 0061s.jpg

さて、青葉通りに出ました。

大橋を渡れば、青葉城です。

0062.jpg


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:スポーツ

陸奥国分寺 [街歩き]

クリネックススタジアム宮城から南へ歩きます。

今回の仙台街歩きの目的地の一つ、
陸奥国分寺に到着。

0024.jpg 

国分寺は、741年(天正13年)、
聖武天皇の詔により、国家鎮護のため、
宗教機関として国ごとに設置されました。

陸奥国分寺もその一つ、
設置された場所としては最北に位置しています。

奈良時代は、大地震、飢饉、疫病、豪族の反乱など
日本はありとあらゆる国難に襲われました。

祟りや呪いが幅を効かせていた時代、
仏の力で国を鎮めようと国家的大事業になったわけです。

0022.jpg

陸奥国分寺は、建立された当時
東西240mにも及ぶ大伽藍や、七重塔がある
大規模な寺院だったそうです。

しかし、869年の貞観の大地震で被災、
934年には七重塔が落雷で焼失、
以後衰退し、戦国時代には、荒れ放題になっていたようです。

17世紀になり、伊達政宗が、25坊ある大寺院として再建。
政宗が朝鮮遠征した際、国分寺の薬師如来の御加護を受けたとかで、
その返礼と伝えられています。

現在の建物は其の当時のもの。

こちらが正面、薬師堂仁王門。

0023.jpg

八本の柱のある、八脚門。
茅葺の屋根は入母屋造

詳しくはわかりませんが、江戸時代の特徴ある建築様式だそうです。

0019.jpg


鐘楼。

周りの桜が美しいです。

0021.jpg

0017.jpg


国分寺薬師堂

慶長11年(1607年)、
伊達政宗によって、国分寺金堂跡に再建されました。

0032.jpg

梵字でしょうか?

0016.jpg

0015.jpg

準胝観音堂。

こちらの建物も、焼失していたものを
江戸時代に再建したものだそうです。

0014.jpg

ほとんどの建物が、江戸時代以降のものとはいえ、

東日本の都市で、
奈良時代を感じることができる場所は
国分寺くらいしかありません。

そういう意味では貴重な宗教施設です。

0013.jpg

ここが現在の国分寺。

真言宗のお寺になっています。

0011.jpg

奥が本堂、大塔はコンクリート造りで高さ21m。

ちょっと味気ないです。

0012.jpg

さて次の場所へ向かおう 


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:スポーツ

夜行バスで仙台へ [街歩き]

0026.jpg 

4月12日、13日の週末、夜行バスで東京と仙台を往復しました。

近年、サッカー観戦にかこつけて、
知らない街を歩くのを楽しみにしていますが、

さすがに、夜行バスは年齢的なものもあり、
身体がしんどくなってきました。

ボチボチ卒業しようかなとも思いますが、
夜行バスなら、そこそこいいシートでも
新幹線の半分の料金で移動できる。

そして、何よりも、一日を有効に使えるのが魅力。

というわけで、
24時に新宿を出発、早朝6時半に仙台駅に到着。

0025.jpg

とりあえず、仙台宮城野通りを東へ歩きだしましたが、
人影はほとんどなし。

0003.jpg


東京では散ってしまった桜が、
仙台ではこれから。

もうすぐ満開という時期でした。

きれい!

0004.jpg

仙台駅から東へ走る宮城野通りは、

東北楽天イーグルスの本拠地
クリネックススタジアム宮城へ一直線に続く道。

0031.jpg

試合の日は多くの楽天ファンで賑わうのでしょうね。

意外と通りの周辺にお寺が多いと知りました。


0027s.jpg 0028s.jpg

そんなこんなで、お寺の建物を眺めながら、

宮城野通りを突きあたり、陸上競技場の建物・・・
より先に目についてしまったのが、
交番のサンドウィッチマンのポスター。

万引きは、絶対ゆるサンド!!

サンドウィッチマンは、今や仙台のスーパースターですかね。

伊達といえば偉大なお殿様だし、
富沢は地下鉄の終着駅
二人とも仙台ゆかりの苗字なんですね。

0001.jpg

0030.jpg


さて、最初の目的地。

クリネックススタジアム宮城に到着です。

0029.jpg


かつては仙台宮城球場と呼ばれ、
古い話ですが、一時ロッテがホームスタジアムに使っていましたね。

監督が金やんのときは、ずいぶんと盛り上がっていました。

0005s.jpg 0006s.jpg

現在は東北楽天イーグルスの本拠地。
今年はここまで3位。

いろいろありましたが、チームが仙台の地に根付き、
パリーグファンとしてはうれしい限りです。

0002.jpg

つづく


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:スポーツ

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。