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陸奥国分寺 [街歩き]

クリネックススタジアム宮城から南へ歩きます。

今回の仙台街歩きの目的地の一つ、
陸奥国分寺に到着。

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国分寺は、741年(天正13年)、
聖武天皇の詔により、国家鎮護のため、
宗教機関として国ごとに設置されました。

陸奥国分寺もその一つ、
設置された場所としては最北に位置しています。

奈良時代は、大地震、飢饉、疫病、豪族の反乱など
日本はありとあらゆる国難に襲われました。

祟りや呪いが幅を効かせていた時代、
仏の力で国を鎮めようと国家的大事業になったわけです。

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陸奥国分寺は、建立された当時
東西240mにも及ぶ大伽藍や、七重塔がある
大規模な寺院だったそうです。

しかし、869年の貞観の大地震で被災、
934年には七重塔が落雷で焼失、
以後衰退し、戦国時代には、荒れ放題になっていたようです。

17世紀になり、伊達政宗が、25坊ある大寺院として再建。
政宗が朝鮮遠征した際、国分寺の薬師如来の御加護を受けたとかで、
その返礼と伝えられています。

現在の建物は其の当時のもの。

こちらが正面、薬師堂仁王門。

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八本の柱のある、八脚門。
茅葺の屋根は入母屋造

詳しくはわかりませんが、江戸時代の特徴ある建築様式だそうです。

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鐘楼。

周りの桜が美しいです。

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国分寺薬師堂

慶長11年(1607年)、
伊達政宗によって、国分寺金堂跡に再建されました。

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梵字でしょうか?

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準胝観音堂。

こちらの建物も、焼失していたものを
江戸時代に再建したものだそうです。

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ほとんどの建物が、江戸時代以降のものとはいえ、

東日本の都市で、
奈良時代を感じることができる場所は
国分寺くらいしかありません。

そういう意味では貴重な宗教施設です。

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ここが現在の国分寺。

真言宗のお寺になっています。

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奥が本堂、大塔はコンクリート造りで高さ21m。

ちょっと味気ないです。

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さて次の場所へ向かおう 


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