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武蔵国分寺 [街歩き]

鉄道の駅名には、いくつかお寺に因んだものがあります。

首都圏の私鉄では、祐天寺、妙蓮寺、弘明寺、
JR中央線には、高円寺、吉祥寺、国分寺・・・

しかし、普段 その駅を使っていても、
お寺の場所がどこかわからないという人は、
結構、多いのではないでしょうか。

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私もそんな一人で、

JR中央線の国分寺駅は、
何度も乗り降りしていますが、

駅名の由来となった国分寺へは行ったことがありません。
そこで調べてみました。

かつてここには武蔵国分寺があり、
今は当時の建物は現存していない。

この一帯は、自然が豊富で、
散策コースとして人気がある、

ふむふむ

陽気もよくなったことだし、行ってみるかぁ。

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ということで、やってきました国分寺。

しかし、駅は昔と様変わりですね。
平屋だった駅舎も現在は大きな駅ビルに変わってしまいました。
接続する西武線のホームの位置も違うし、

以前はJRのプラットホームから空が見え、
視界にタツノコプロの看板が映っていた記憶があります。


さて、

南口を出て、
S字の坂を下り、歩くこと約5分、

野川にかかる不動橋に到着。

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ここで右折し、台地の崖線に沿って西へ進みます。

閑静な住宅街ですが、まだ畑も残っていて、
みかんや野菜の販売所を見かけます。

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しばらくすると、
きれいな小川がに沿った遊歩道に入ります。

「お鷹の道」といいます。

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この付近は、江戸時代、
尾張徳川家のお鷹場だったそうで、
その”鷹”に因み、「お鷹の道」と命名したのだそうです。

小川にはホタルのえさとなるカワニナが生息している
とのことでした。

水がきれいです。

崖線から出る湧水は、
名水百選に選定されていて、
この日も、何人かペットボトルに水を汲んでいる人がいました。

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さて、目的地の武蔵の国分寺へ向かいましょう。

お寺は、「お鷹の道」の西の終点にあります。
下の写真が国分寺の本堂。

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こちらは楼門

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現在の本堂は1733年の建立だそうです。
江戸幕府の社寺保護政策に基づき復活した・・・

ということは

かつてこの地にあった国分寺とは別のお寺なんですね。

崖の上の薬師堂
17世紀に製作された木造薬師如来像が収められています。

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鐘楼

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薬師堂のある台地から、階段を下りたところにある仁王門

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門の左右に安置されている仁王様の口は
右が「あ」左が「うん」、

阿吽の呼吸のあの「あうん」ですね。


007.jpg 008.jpg

ここで日本史の教科書を紐ときますと、

国分寺が歴史に登場するのは奈良時代。

平城京に遷都(710年)したものの、
飢饉や大地震の発生(734年)、
疫病の流行により藤原不比等4兄弟など
政府の高官が次々と死亡(737年)。

この惨事の連続に、当時仏教に深く帰依していた聖武天皇は
全国に国分寺建立の詔を発布。
それが741年。


各地の国分寺の中でも、
武蔵国分寺は最大規模だったそうで、
境内には巨大な本堂のほか、七重の塔があったそうです。

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お鷹の道の途中にある武蔵国分寺跡資料館へ立ち寄ると
模型があって全貌がイメージできます。
大きなお寺だったんですねぇ。

当時の土器や瓦なども展示されています。

本堂のあった僧寺跡では、現在も発掘調査が続いています。
大発見があるといいですね。

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東京の住民は、
自分の土地の歴史について考えるとき
江戸時代より昔にさかのぼることはほとんどありません。

それだけに、奈良時代へとタイムスリップする武蔵国分寺は
東京の人にはあまり意識されていない。
盲点のようなスポットになっていますね。


その武蔵国分寺は、1333年

鎌倉幕府滅亡を決定的にした
分倍河原の戦いの際に焼失してしまったとのことです。

ここが七重の塔があった場所。

今は時間だけが静かに流れています。

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コメント 2

Gamaoyabeeeen

1点だけ口出しさせていただきたく・・・。奈良時代フリークにつき、すいません。
737年、天然痘が流行し、官僚が次々死にましたが、この中に藤原不比等は含まれていません。死んだのは彼のこども4兄弟ですね。
4兄弟と異母兄妹である光明皇后が聖武天皇の妃の座に収まっていることも国分寺の建立と深い関係があるといわれています。
ちなみに、全国の国分寺、国分尼寺の総本山が東大寺ですね。
武蔵国分寺の本堂1733年の建立ですか・・・でも、なんか、雰囲気ありますね。ちょっと惹かれます。
by Gamaoyabeeeen (2011-02-27 23:35) 

Cliff

☆親分さん

ご指摘ありがとうございます。
藤原不比等は、720年に亡くなっているんですね。
訂正させていただきました。

現存する東京の国分寺の建物は、
江戸時代に建てられたのものですが、
確かに雰囲気はありますね。

あまり、大きな期待をしないほうがいいですが、
関東で奈良時代に思いを馳せることができる場所は
珍しいです。

by Cliff (2011-02-27 23:55) 

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