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0.1%を考える [雑感]

ときどき、昔、自分が通った小学校のことを思い出します。
800人くらい生徒がいたと記憶しています。

いい子、悪い子いろいろな子供がいましたが、
私のクラスには、極端に何か目立つという子はいませんでした。

ところが、学校全体となると、
1人くらいは、全学年の誰もが知っている
特徴のある子がいましたよね。

極端に思想が偏っているとか、乱暴だとか、
あるいは、天才だったり、すごい美形で後に芸能人になったとか。

1000人に一人くらいの割合でいる子供です。
比率にして0.1%。

これが、私たちが身近に感じる0.1%でしょうかね。

このイメージを頭に置いて、世の中の出来事を見ると、
”それって本当かなぁ?” と、疑問が湧いてきたりします。

たとえば、中国人の0.1%くらいは、日本に対して
ものすごい反感を持っているかもしれない。

中国の人口は13億人以上だから、
13億人×0.1% =130万人  は大都市の人口に匹敵します。

さらに、この中の0.1%の1300人が過激な行動を取ったとしたら、
もう中国は反日運動で大騒ぎ、というニュースになります。

日本の学校を1000個集めても1人いるかいないか
という人間の行動によって、そういう印象を与えられます。


人口10万人の地方都市の
市民の0.1%が行政のやり方が気に食わないから抗議電話をかける。

10万人×0.1%=100人

100件の電話がかかってくれば、
抗議電話が殺到!ということになります。


メディア、特にテレビは、
視聴率の0.1%は無視しますが。
この手の0.1%は切り取って
いかにも普遍的な事象であるかのように報じます。

NHKでも、

「女性の間で静かなブームになっている。」

というフレーズがよく聴こえます。

でも、これって、0.1%じゃないの?
99.9%がやっていないこともブームと呼ぶのかな?

とか疑って観てしまいます。

もちろん、99.9%の意見が必ずしも正義とは限らないし、
0.1%の意見が尊重されなければ、
どこかの半島の国のようになってしまうし、

また、0,1%の人たちが世の中を変えてきた
という歴史があることも否定はしませんが、

なんかねえ。テレビを観ていると、
0.1%から発信される情報で、視聴者を振り回しすぎなんじゃないか、
という気がするんです。

メディア・リテラシー教育がどうの、
とよく言われますが、

要は、小学校のときの変わった子をあなたはどう見ていたか?
それを思い出せばいいのではないか、

最近、そんなことを感じます。


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酔いどれ天使

私は子ども達が小さかったときに
「平均的な子ども」に疑問を持ちました。たとえば
1と3の子どもがいて、平均は2ですけど・・実在しない。
「みんなが言ってる」「みんなやってる」は本当は嘘じゃないのか?と疑いつつ生きています。
勢いで「みんな」と言ってしまうけど、実態がないのにそこを目指していることがばかばかしかった。
例え平均という像が存在しても、それが全てとは思えない。突然変異もあるし、それが異端なのか進化なのかはすぐには見えないじゃないか。
そういう私が異端であってひねくれ者であるということなのかも知れませんが。
by 酔いどれ天使 (2012-03-23 11:45) 

Cliff

酔いどれ天使さん、こんばんは^^

足の速さなど数値化できるものには平均がありますが、物の考え方や容姿などは平均しても意味がないですよね。
仮に平均があるとしても、すべてにおいて平均的という子供はきわめて個性的な子供だと言えますしね。^^

「みんながやっている」は、好きな言葉じゃないなぁ。
いずれにしろ、根拠のない”みんな”だと思います。
by Cliff (2012-03-23 20:04) 

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